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八王子市
 HACHIOJI 
               
 
きぬのみち 

東京都西南部にある八王子と神奈川県の横浜を結ぶ街道の一つに、かつて幕末から明治にかけて賑わった「浜街道」がある。浜街道は、日本が長い鎖国の時代を終わらせ、開国に踏み切った1859年、外国貿易のために新たに開港した横浜港へ向けて、多くの多摩地方の商人たちが人馬を行き交わせて賑わった。中でも活躍が著しかったのが、八王子鑓水地方の商人たち。彼らによって絹の材料である生糸が盛んに横浜へと運ばれたことから、浜街道はのちに「絹の道」と称され、現在でもその街道の一部が往時の面影を留めたまま残されている。今回ご紹介するのは、その鑓水地方にひっそりと残る古き街道跡。1996年文化庁「歴史の道百選」に選ばれた美しくも儚い歴史を持つ日本のシルクロードに、かつてそこで栄華を極めた先人たちを思いながら、木漏れ日の下をゆっくりと歩いてみよう。

 
 
全長
約3キロ
所要時間
約2時間30分
Access :電車
JR中央線「八王子駅」または京王線「北野駅」から、京王バス片倉台行きまたは八王子みなみ野駅行きで、坂上下車
Access : 車
八王子より国道16号線を厚木方面へ約5〜10分
おすすめ
シーズン
一年中歩けるが、夏は蚊が多く冬は雪が積もるので、気候の快適な春・秋のシーズンがおすすめ。
 
 
 
1 八王子駅南口
  バスターミナル
 ↓
バス20分
2 坂上バス停
 ↓
徒歩8分
3 鑓水峠入口
 ↓
徒歩5分
4 絹の道碑・大塚山公園 
   道了堂跡
 ↓
 
5 絹の道
 ↓
徒歩20分
6 絹の道資料館
 ↓
徒歩5分
7 諏訪神社
 ↓
徒歩8分
8 永泉寺
徒歩5分
9 小泉家屋敷
徒歩2分
10 鑓水中央バス停
 
 
 

 鑓水峠・大塚山公園 道了堂跡    石段を上ると、絶景…そして過去への入口

 

坂上バス停でバスを降り、国道16号線のバイパスの側道に平行して延びる脇道を南へと入っていくと、いずれ道は行き止まりとなり、左手にこんもりとした低い山が現れる。見上げると、その山肌には石段が無数に刻まれており、遥か山のてっぺんまで一直線に続いている。まるで天国へ続く階段のように長い石段であるが、ここが当時八王子―横浜間をつなぐ浜街道の道程で最も高い峠だったという鑓水峠である。この長い石段が、いわば「絹の道」への第一歩。まずは気合を入れて、一気に石段をてっぺんまで上ってみた。数えてみると、石段は全部で151段。峠の頂上に辿りついたところで、後ろを振り返ってみると、八王子中心部の賑やかな街並みと、遠方に連なる山々の景色がパーッと眼下に広がっていた。昔の人も、峠越えの際にはここからの絶景を楽しんだのであろうか…。しばらく景色を眺めてから、一呼吸して、いよいよ「絹の道」へ。景色は、絶景から一転して、急にひっそりとした山路の風景に変わるが、木々に覆われた薄暗い林道は、まるで過去へとつながるトンネルのようだ。

鑓水峠入口
大塚山 石段の上からの眺め
 
 
 
絹の道の始まり

絹の道碑
大塚山公園・道了堂跡

 

林道を5分ほど歩くと、左手に絹の道碑が現れる。これは1957年に建てられた石碑で、浜街道を日本のシルクロードとして全国に紹介した記念碑だという。つまり、ここが史跡「絹の道」の起点となる場所というわけだが、その前に、そこから大塚山公園に残る道了堂跡へも行ってみることにした。

絹の道碑の右側に、道了堂の寺院跡へと向かう参道の石段がある。石段を上ると、大塚山公園の頂上にある寺院跡は、少し開けた広場のようになっていた。広場は、鬱蒼と茂る木々の枝葉によってあまり光が差さず、薄暗くて静かな所だ。その周囲には古い石の灯篭や石碑がいくつも建ち並び、真ん中には寺院の境内跡と思われる石の基壇が緑色に苔むして横たわっている。

道了堂は、1875年に当時豪商となっていた鑓水の生糸商人たちによって、東京浅草の花川戸から移され、鑓水にある永泉寺の別院として建立された。当時は地域の人々の信仰を集め、大変賑わいだというが、今はその華やかだった当時の面影は全く見られず、ただただひっそりと横たわり、忘れ去られた遺跡のように静けさだけに包まれている。

 
いよいよ絹の道へ     人々が踏みしめ、刻んだ、日本のシルクロードの歴史
 
 

 

 

さて、絹の道碑を後にして、いよいよ「歴史の道百選」に指定された絹の道の本道へと入っていく。絹の道碑から1.3キロほど下った大栗川の御殿橋までの道程が、史跡「絹の道」に指定されている区間だ。ここからは、浜街道の中で最も往時の面影を留めている古い街道跡を歩いていく。

絹の道碑を過ぎると、道は幅が2〜3メートルと狭くなり、緩やかに蛇行しながら徐々に下り坂となっていく。道の両脇には覆いかぶさるように木々が生い茂り、路上は夏でもあまり日が差さないのか、地面には草が生えていなかった。路面は土が剥き出しで、ゲンコツくらいの石がごろごろと転がり、その上に湿った落ち葉が重なって、歩くと少し滑る。足場が悪いように感じるのは、石や落ち葉のせいだけではなく、お椀のように湾曲した路面の形のせいでもある。道は丸みを帯びていて、まるで水を抜かれた川床のようなのだ。

実はこの取材の前日、多摩地区では大雨が降っており、相当の雨水がこの道にも降り注いだはずで、昨日はこの絹の道も本当に川床のようになってしまったに違いない。地面には水の流れた後が残り、所々がぬかるんでいた。昔はこの道を人々は荷物を担ぎ、また馬を引きながら行き交ったというが、その道程の苦労は如何なるものであったろう。その苦労の蓄積が、この道の湾曲にもつながるものであるのかどうか。とにかくここはただの林道と違って、人々が踏みしめ歩いてきた古い道であることは確かで、それが目に見えて良く分かる道である。

 
 
 

道を歩くことにも慣れ、木漏れ日と日の光を透かした木の葉の美しさに見とれているうちに、道はいつの間にか舗装道路となり、路上に民家も現れ出した。漸く鑓水の集落に着いたらしい。少し広い車道とぶつかる三叉路に出たところで、絹の道を伝える古い林道は途切れている。そこからは日当たりの良い現代の道を歩くことになる。
絹の道は、関東・東北から八王子に集められた生糸が横浜へ向けて運ばれたことで発展したが、その発展に大きく貢献したのが、ここ鑓水地方の商人たちである。横浜開港以前からすでに商売を成功させていた鑓水商人たちは、それまでに培われた商才を以って外国貿易に進出し、富を築いた。だが、次第にその機運は衰え始め、1908年(明治41年)の横浜鉄道の開通を境に、新たな商業の流れについて行けず、ほとんどの商家が没落してしまった。絹の道も、鑓水商人たちも、その栄華はわずか50年間という短い年月で終わってしまったのである。
そのかつて栄華を極めた鑓水商人の屋敷跡が、今でも鑓水に残っている。三叉路から車道に出て、すぐ左手の所に見える、古い石垣に囲まれた立派な建物がそれだ。そこは、生糸商人として莫大な富を築き上げた八木下要右衛門の屋敷跡地で、現在では「絹の道資料館」となっている。この敷地内には、当時使われていた水路の跡や発掘した時の屋敷の柱跡などが残っており、また館内には、当時活躍した鑓水商人たちの栄枯盛衰の歴史が、様々な展示品と共に紹介されている。広い休憩施設もあるので、見学に来たついでにここでゆっくり休憩を取るのがいいだろう。静かで、とても綺麗な施設なので、ウオーキングの疲れもすぐに取れそうだ。

 

絹の道資料館
住所 東京都八王子市鑓水989-2
TEL 0426-76-4064
営業時間 9:00〜16:30
休館日 月曜日(祝日を除く)・月曜日が祝日の場合は翌日、年末年始
入館料 無料
 
 
諏訪神社・永泉寺    残された貴重な文化財に多摩地域の文化の高さを知る
 
諏訪神社
住所
八王子市鑓水1170
 
 
諏訪神社社殿 子の神社
諏訪神社社殿 八幡社

絹の道資料館から少し本道をそれて、資料館の目の前から西方に延びる道へと入り、諏訪神社を訪れてみよう。ここは、鑓水地域の氏神であり、明治9年(1876年)に諏訪・子の神・八幡の3社が合社されてできた神社だ。山の上の社殿へ向けて二段階に渡って刻まれた長い石段は、古びていて趣があり、江戸時代の村の社の雰囲気をそのままに残している。社殿に着いたら、拝殿で拝み、その後はぜひ拝殿の後ろに建つ覆屋へと足を向けてもらいたい。覆屋の中には、諏訪神社の3つの神殿が小さなお神輿のように並んでいるが、それぞれ美しい彫刻が施されており、1995年(平成7年)に八王子市の文化財に指定された貴重な建築物である。これらは江戸の建築様式がこの地に伝わっていたことを示す興味深い文化遺産であり、また美術的にも優れた建築作品として必見である。

 
 
 
永泉寺
住所
八王子市鑓水80

諏訪神社の入口から道なりに東へと向かうと、再び絹の道にぶつかる。そこから右に入った大栗川の御殿橋までが、史跡「絹の道」に指定された区間だ。橋の脇には1865年(慶応元年)建立の古い道標が建っており、絹の道はこの御殿橋を渡って南の方角へと続いていく。だが、ここでは橋を渡らずに、川に沿って東へと向かい、永泉寺を訪れてみよう。
  永泉寺は、1573年(天正元年)に創建されたと伝わる曹洞宗の古い寺。特徴的なのは、歴史的にも古い石像や石塔が雛壇のように飾られている参道脇の石段と、ちょっと珍しい本堂の建物だ。本堂は、寺の建築物としては一風変わった趣だが、実は生糸商人、八木下要右衛門の屋敷であったもの。1884年(明治17年)に寺の本堂が火事で焼けたため、現在「絹の道資料館」が建つ敷地に残されていた八木下家の母屋を移築して本堂にした。明治維新後、本堂には鑓水村の教育を行う場所として鑓水学校が創立され、俳句教育が盛んに行われた。その名残を示すかのように、参道脇の石段には芭蕉像が、そして本堂前には芭蕉の句碑が建っている。

境内に置かれていた「御自由に」の箱の中には、
懐かしい手作りの竹とんぼが。
本堂前にある芭蕉句碑。「先ずたのむ 椎の木もあり 夏木立」
 
小泉家屋敷   古き良き時代の養蚕農家。時代の遺物に触れ、絹の道はひたすら南へと続いていく
 

永泉寺を出て大栗川へと戻り、嫁入橋を渡って柚木街道を横断する。その横断歩道の先に延びる道が横浜へと続く浜街道であるが、絹の道の面影を感じ取れるのは、浜街道に入ってすぐ右手に現れる小泉家屋敷までであろう。ウオーキング最後に訪れる場所としても、ここは印象に強く残る建物だ。
  茅葺き屋根のどっしりとした重量感のある古い民家が、東京都指定有形民俗文化財に指定されている小泉家屋敷だ。現在の母屋は1878年(明治11年)に再建されたもので、入母屋造り、茅葺き、田の字形四間取りという、この地方に旧来からみられる典型的な民家建築の様式を取っている。母屋は平屋のようで内部は3階建てとなっており、かつて上の階では養蚕が行われていた。内部も拝見したいところだが、民家には現在でも人が住んでいるので、見学は外観のみ。今でも農家らしい風情のある母屋の右手には離れが建っており、離れの軒下に置かれた無人の野菜販売が静かに客を待つのみだ。

小泉家屋敷
住所
八王子市鑓水2178
 
 
無人の野菜販売
 
 
 

 

絹の道ウオーキングはここでゴールを迎える。帰り道は再び柚木街道に戻り、鑓水中央バス停からバスに乗るのが便利だ。バス停は街道を挟んで二箇所あり、各々行き先が違っているので確認しよう。その後は、橋本駅行きのバスに乗って横浜線で八王子駅に戻ってもヨシ、また南大沢駅行きのバスに乗って「ラ・フェット多摩」でお買い物をしてから帰るのもヨシだ。元気のある人は、柚木街道をさらに東へと向かってみたらどうだろう。2キロほど先には八王子温泉「福福の湯」があり、最後にそこでウオーキングの疲れを取ってから家路につくのも良いかもしれない。

 
【取材後記】   美月春菜の〜クウ・ネル・アソブ〜

今回の取材は、シルクロード!絹の道!ということで、かなりドキドキ、ワクワクして出掛けた。というのも、海外旅行が好きな私はユーラシア大陸のあちこちを歩いたことがあるのだが、本場のシルクロードはまだ歩いたことがなかったからだ。だが、八王子のシルクロードも本場に引けを取らず、アメリカやヨーロッパへとつながる立派な世界の道であった。その証拠に、NHKで使われていた喜多郎の「シルクロード」のテーマが、この道にもぴったりとハマるではないか!(いつかNHK「シルクロード」で八王子絹の道が取り上げられることがあるのだろうか?)
さて、旅といえば、食う・寝る・遊ぶ。今回おススメする「クウ」スポットは、お弁当持参で絹の道資料館でランチをとるか、または鑓水中央バス停から東へ500メートルほど行ったところにある、レストラン「キッチンなかやま」で腹ごしらえするのがマル。昼寝好きにおススメする「ネル」スポットは、やはり資料館の庭にある木陰のベンチが最高。「アソブ」スポットは、便利で楽しい南大沢駅「ラ・フェット多摩」がカップル&ファミリーに人気だ。それでは、虫除けスプレーを持参して、行ってらっしゃい!


                        
取材担当:美月春菜

 
 
 
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