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新選組topへ
(東京都八王子市〜山梨県東山梨郡勝沼町付近)
京から江戸に戻った新選組。今度は、京の街ではなく、江戸を守るための戦いが始まる。なつかしの多摩のふるさとを通り、甲州へと向かう近藤たちを待っていた結末とは・・・。 甲州街道・小仏関所跡
甲州勝沼の戦い柏尾古戦場跡
多賀神社
   
 
  江戸を、そして多摩を守るため。
甲陽鎮撫隊が行く!
 
鳥羽・伏見の戦いに敗れた旧幕府軍は、海路、江戸に引き上げた。

江戸でつかの間の休息をとっていた新選組に、旧幕府から再び出陣が命じられたのは、1868年の2月下旬。京都から江戸を目指して進軍してくる新政府軍を迎え撃ち、天領である甲府を守るよう命じられたのである。甲府は旧幕府にとっての軍事上の重要拠点で、その甲府城が陥落すれば、そのまま一気に江戸へ攻め込まれてしまうからである。近藤や土方たちにとってもふるさと多摩への侵攻は絶対に阻止しなければいけない。 その上、旧幕府からは甲府を守りきれば、甲州100万石のうち、半分を与えられる約束ももらっていた。この任務をやり遂げれば、大名になれる。一度は崩れかけた近藤たちの「誠」の志は、再び輝き始めた。

近藤は、新選組のメンバーに加えて新たに兵を募り、「甲陽鎮撫隊」を結成し、甲州街道を西へ。甲府城を目指す。途中、なつかしい多摩のふるさとを通る。地元の人々が表に出て歓迎するなか、近藤は駕籠に乗り、土方はフランス軍仕官を真似た洋装で馬上にあった。日野宿で、佐藤彦五郎と再会し、京での思い出を語りながら夜を越す。小仏関所を通過していよいよ甲州へ。
    

小仏関所跡・駒木野宿跡
住所 八王子市裏高尾町420番地
交通 JR線「高尾駅」北口から「小仏」行き京王バス。「駒木野」下車徒歩1分
 
  勃発!甲州勝沼の戦い。
新選組「不敗神話」の崩壊。
 
3月5日、近藤たちが甲州駒飼宿に着いた頃、すでに板垣退助の率いる官軍1300人は、すでに甲府城に入っていた。このときの甲陽鎮撫隊は、佐藤彦五郎が結成した春日隊を含めても170人あまり。「これでは、とても歯が立たない」そう思った土方は、援軍を呼びに行く。が、援軍の到着を待たず、隊の存在は敵方に察知されてしまい、勝沼の地で激突。近藤を先頭に奮闘するが、あえなく敗退。京では負け知らずで「無敵」と思われた新選組だが、鳥羽・伏見の戦いに続き、この甲州勝沼での戦いにも敗れてしまう。近藤は何を思っただろうか―。

現在、勝沼の戦いの舞台となった勝沼町には、刀を手にする近藤勇像が立っている。多摩や京都で見る彼の像は、誇らしげでたくましい表情をしているのに比べ、こちらの近藤像は体が極端に小さく、どこか寂しげ。甲州での戦いに敗れた彼の心情を表しているようだ。




柏尾古戦場跡
住所 山梨県東山梨郡勝沼町
交通 JR線「勝沼ぶどう郷駅」からタクシー約7分


    
  敗走した隊士が落ち合った場所。
そして、それぞれの「誠」の道へ―。
 
勝沼の戦いに敗れた甲陽鎮撫隊・春日隊の連合軍は、笹子峠を越えて八王子方面へ散り散りになって敗走。再び逃げ延びた隊士たちが落ち合った場所が、多賀神社の境内。八王子市街地の西半分を守る「西の総社」と呼ばれた神社である。

境内には樹齢400年といわれる大木が立っている。角度によっては、鼻と目がついていて、まるで顔がついているかのような姿をした、見事な大銀杏だ。官軍との戦いに敗れ、笹子峠、小仏峠という難所を敗走してきた隊士たちは、この木の下にしゃがみこみ、疲れを癒していたかもしれない。

この後、近藤たちは江戸へ戻る。五兵衛新田(現在の足立区綾瀬)にある金子家に、「大久保大和」と名を改めた近藤勇と、「内藤隼人」と名乗った土方歳三ら、169名が滞在。

なお、この頃には試衛館時代よりともに歩んだ永倉新八、原田左之助と袂を分かつ。永倉は靖共隊(せいきょうたい)を組織して、旧会津藩の指揮下で戦う道を選んだ。明治・大正まで生き抜いた彼は、『新選組顛末記』などの書物によって、新選組の活躍を現代に伝えた。原田は靖共隊からも離れ、彰義隊(しょうぎたい)に加盟して上野戦争で戦死したと言われる。
多賀神社
住所 八王子市元本郷4-9-21
交通 JR線「西八王子駅」から徒歩15分
    
   
甲陽鎮撫隊が進んだ道に沿って、甲州勝沼を目指した。途中、小仏関所跡付近では、中央高速道と交差するかたちで、「圏央道」という新しい道路の建設が進んでいる。計画通りに進むと、高尾山に大きな穴を開けて貫通するのだそうだ。近藤たちも通過するのに苦労したこの難所も、時代の流れに押されて、すっかりと姿を変えてしまっている。せめて、幕末を駆け抜けた若者たちの足音くらいは偲ぶことができる程度の静けさを守り通したい。
取材・文/こぐま
 

 

 
 
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