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第3回
(東京都日野市付近)
東京都日野市。ここは江戸や京都と並んで、新選組の面々にとって思い入れの深い場所だ。特に副長・土方歳三や、六番隊隊長・井上源三郎にとっては、生まれ故郷。今回は、井上源三郎の足跡を追いながら、日野の街を歩いてみた。
 井上源三郎資料館
 八坂神社
 宝泉寺

天然理心流の古参・井上源三郎の記憶と記録、
ふるさと日野で、静かに甦る。
 

近藤勇、土方歳三、沖田総司らとともに天然理心流を学び、新選組の副長助勤・六番隊隊長という幹部を歴任したのが井上源三郎。先に挙げた3名と比べると地味なイメージがある源三郎だが、彼はどんな人物だったのだろう?

彼の生まれ故郷・日野市には、今も子孫の方々が暮らしている。2004年1月には、生家の土蔵を改造した「井上源三郎資料館」がオープン。天然理心流剣術免許、刀「大和守源秀国」、源三郎や兄・松五郎の書状などが展示されている。館長の井上雅雄さんは、八王子千人同心であった源三郎の兄・松五郎から数えて5代目。小さなお子さんも訪れる資料館で、わかりやすい説明をしてくれる。説明の中では、天然理心流の免許を受けた源三郎の剣術の腕前や新選組幹部としての活躍はもちろん、兄・松五郎と新選組との関係も聞くことが出来る。松五郎は、京に身寄りのない新選組の相談役として慕われていたようだ。土方が、「新選組が会津藩預かりとなったことに浮かれ、天狗になっている近藤を諌めて欲しい」と相談を持ちかけたというエピソードもある。また、井上源三郎と沖田総司は従兄弟同士だったという、意外な事実も紹介してくれる。

見学を終えると、庭でお茶を飲ませてくれる。さりげなく置かれた太くて大きな木の棒に手をやると、重たくて片手では持ち上げられない。これが天然理心流の稽古で使われていた木刀だという。こんなに重たいものを使って稽古をしていたのかと思うと、天然理心流の試衛館一門の強さの秘密がわかる気がする。漫画「ドラゴンボール」で、主人公たちが重たい亀の甲羅や鉛でできた胴着を身に着けて修行したシーンを思い出した。
井上源三郎資料館
住所 東京都日野市日野本町4-11-12
電話 042-581-3957
交通 JR中央線「日野駅」から徒歩5分
※駐車場なし
営業時間 午前/9:00〜12:00
午後/1:00〜4:30(最終入場)
営業日 土曜日、日曜日、祝日
※10名以上の団体で来館の場合、 平日でも予約可能
入館料 一般/500円、小・中学生/300円
※資料館内部は写真撮影禁止

天然理心流の奉納額公開。
多摩が生んだ剣客たちの思いがここに。

井上家は将軍警護を役目とする八王子千人同心の家系。普段は農業をして暮らしていたが、任務に備えるために剣術を学ぶ必要があり、松五郎は天然理心流を学んでいた。弟・源三郎や近所に住む日野宿名主・佐藤彦五 郎も加わり、試衛館の近藤周助・勇・沖田総司らから剣術を学んだ。「剣術の稽古ばかり熱心で、農作業が遅れて困った」という話が、井上家に伝わっている。

日米修好通商条約が結ばれ、井伊直弼が大老となった安政5年(1858年)、日野の天然理心流一門は、武術上達祈願のため、牛頭天王社(現・八坂神社)に奉納額を納めた。門人の筆頭には井上松五郎、続いて佐藤彦五郎、中程には井上源三郎、末尾には沖田惣次郎(総司)、嶋崎(近藤)勇の名が並んでいる。この中に、同じ日野出身の土方歳三の名はない。彼が入門するのは、翌安政6年のことなのだ。

天然理心流奉納額は通常は非公開。祭礼時のみ公開される。ただし、大河ドラマ「新選組!」の放送に合わせて、2004年は特別に原則日曜日に本殿内で公開されている。この他、八坂神社には優れた彫刻物があるので、ぜひ見学してもらいたい
八坂神社
住所 東京都日野市日野本町3-14-12
交通 JR中央線「日野駅」から徒歩5分
公開時間 午後1:00〜4:00
営業日 日曜日(2004年のみ)
入館料 中学生以上/100円
※奉納額、本殿内は写真撮影禁止

鳥羽・伏見の闘いで戦死。
寡黙な副長助勤、ふるさと日野に眠る。


池田屋事件、蛤御門の変などで活躍し、幕府直参として取り立てられた井上源三郎だが、鳥羽・伏見の戦いで遂に敵弾に撃たれ倒れた。享年40歳。前年に出された王政復古の大号令により、将軍徳川慶喜が大坂に下ったことで、京を離れ伏見奉行所への転居を余儀なくされた新選組は、新政府軍と激突したのだ。

当時まだ12歳だった甥の泰助は、「叔父さんの首と刀を持って大坂へ引き揚げるために歩き出したが、首と刀が重く、同行の隊士からの注意もあり、途中の寺の門前の田んぼを掘り、首と刀を埋めた」と語り残している。

井上源三郎の墓は、日野市の宝泉寺にある。本堂の左手には「新選組副長助勤・井上源三郎之碑」とあり、裏側には彼の略歴が刻まれている。さらに奥に進むと、写真にもある井上家の墓がある。「誠願元忠居士」と刻まれているのが源三郎の墓である。

源三郎の死後、同年には局長の近藤勇が、翌年には副長の土方歳三がこの世を去り、新選組は崩壊した。結成から、わずか6年後のことである。
宝泉寺
住所 東京都日野市日野本町3-6-9
交通 JR中央線「日野駅」から徒歩5分
日野市は土方歳三、井上源三郎という2人の新選組幹部を生んだ場所だ。現在でも子孫の方々が、資料の保存、公開のために資料館を開いており、市内全域が新選組一色に染まっているといっても過言ではないだろう。取材した日には、赤いジャンパーを着た地域のボランティアの方が、大変親切に新選組ゆかりの場所を案内してくれた。六本木やお台場などの都心とは違った、街や人のあたたかさを感じることができる場所、それが日野だ。調布市同様、新選組フェスタも行われているので、ぜひ遊びに行ってみて欲しい。
取材・文/こぐま


 
 
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