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〜〜せんだいメディアテーク〜〜  
あけましておめでとうございます。年明けのニュースは仙台の建物からです。仙台といえば『せんだいメディアテーク』。この建物を見ずにして仙台は語れない!?


1階エントランス


チューブの中身


7階視聴覚ブース


せんだいメディアテークは2001年に開館した図書館、ギャラリー、メディアセンターからなる複合文化施設で、1997年に行われた設計競技を経て伊東豊雄によって設計された。

 柱や梁、壁といった今までの建築概念とは違った発想の建物で、地中からくねって伸びる鉄骨の柱群が上階の床を支える構造となっている。建物を外から見ると何層もの海苔が海藻群に刺さっているような特徴的なファサードを持つ。

 これらの柱は「チューブ」の通称で呼ばれており、チューブの中にエレベーターや避難階段、水道管などの建物に必要な設備がうまく押し込められている。通常建築設備は利用者には目に付かないところに設計されていること多いが、ここではチューブ(骨組みとなる鉄骨柱はガラスで塞がれてるので、中が透けて見えるのだ)の中に入ってしまっているので、フロアーに余分な壁がなく開放感がある。

 チューブ構造は綿密にコンピュータで解析されながらも、従来の技術では対応できなかったので、造船技術を応用して手作業で造られたそうだ。ガラス張りの軽やかなファサードからは最先端のテクノロジーでシステマチックに建設されたように思いがちだが、実は非常にアナログの世界の産物とも言えるようだ。このアンバランスがせんだいメディアテークの魅力の一つかもしれない。

 今回この施設を訪れたのは正月休みだったので図書館は開いていなかったが、雑誌閲覧ブースやインターネット検索ブース(もちろん無料)、ビデオやCDを閲覧する情報ライブラリーが開いていたことには驚いた。建物全館の休みは月に一度しかないというのもこの手の施設では珍しいのではないだろうか。一階のCAFE、ミュージアムショップなども充実していて、特にこれと言った目的が無くても近くに来たらちょっと寄ってみたい場所。そんな感じがした。

 

〜〜街のスケール〜〜

「海の上のピアノ弾き(The Legend Of 1900)」という映画をご存じだろうか?巨大な豪華客船で見つかった捨て子が「1900」と命名され、天才ピアニストとして成長する男性の伝記だ。彼は何度も地上に降り立とうとしたが、遂に一度も土を踏まずに船と共に生涯を終える。船に残ると決断する場面で印象的なフレーズがある。

「ピアノの鍵盤は88弦と終わりがある。端から弾き出しても必ず最後の弦にたどり着くことができる。船の中も終わりがあるから、自分の位置を決めることができる。しかし、陸には終わりがない。巨大な都市の終わりが見えない。そこで自分がどこに行って、何をすればいいのかわからない。無限の選択肢があり自分の位置が決定できない……。」だいたいこんな感じだ。

 1900は船と鍵盤という境界の中で自分の生活を築き上げていたが、地上であっても何らかの境界がないと精神的な安定が得られないのではないだろうか。「ここまでは自分の把握できる場所」、「ここまでは日常生活圏」そんな領域の設定の中で僕らは生きていると思う。

 渋谷、代々木、新宿、高田馬場、池袋……過密の度合いは違っても、どこまで行っても終わらないビル群。息つく暇なく次の街が現れる。街の境界がわからない東京の中にいると、自分の居場所が掴めないだけでなく、そこから抜け出せなくなるような不安がこみ上げてくることがある。

 東京であっても無限に繁華街が続いているわけではないのは僕も知っている。でも、鉄道や自動車といった交通手段の助けなしにはそこから出られない程巨大化している。自分の足でそこを歩いて把握できるような中心市街地を持つ都市のスケールがちょうどいい。そうすれば周りの風景の変化で自分の位置が確認できるであろう。

 今回訪れた仙台は人口100万人を抱える大都市だったが、歩いていて安心感のある街だった。中心市街地は仙台駅の西側の半径1キロの円内にすっぽりとおさまる程度の規模にあり、端から端まで歩いても一時間もかからない距離だ。繁華街からはずれるに従って建物の高さが確実に低くなっていく。ここで中心部が終わりだと自ずとわかる境界がある。期待を裏切らない仙台の都市構造が、雑多な東京にどっぷり浸かった僕には物足りないくらいだが、これが本来のあるべき姿ではないだろうか。

 都市には中心市街地があり、住宅街、農地・山林へと次第に変わっていく。東京は中心市街地同士がアメーバのように結合してしまい、余った土地に住宅街が残ったような形になっている。そんな都市のスプロールを繰り返しているうちに生活環境ということに関しては無頓着な場所になってしまったようだ。

 昨今、法律さえ守れば何を建てても構わないという空気が充満しているが、建築基準法は必要条件であって十分条件ではないはず。国立のマンション問題も大本はここにあった。建てた者勝ちの時代が終わりになりつつあり、これからの東京は徐々に変わっていくだろう。


 

 
 
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