立川にまた一つ観光スポットが誕生!

「ユーミンが西立川を歌った「雨のステイション」の歌碑」

 
立川に、また一つ観光スポットがお目見えした?
会えば、まちづくりの話題で盛り上がる2人のロータローアンが、昨春東京立川ロータリークラブの例会に招いたJR立川駅長・榎本二三さんの卓話の中で、西立川駅の橋上駅計画を聞き、西立川の発展を、と″飲みにケーション″の中から生まれたのが、西立川の情景を歌った″ユーミン″松任谷由実の「雨のステイション」の歌碑建立。
 
 

11月5日には、作詞者の松任谷さんが、国営昭和記念公園に姿を見せ、立川ロータリークラブ会長・山口貞夫さん、国土交通省公営昭和記念公園工事事務所所長・西川嘉輝さん、立川駅長・榎本さんらの案内で、西立川駅前広場、公園口ポケットパークの歌碑を訪れ、建立関係者に「ありがとうございます」とお礼、うれしそうに当時の情況を話していた。″ひょうたんから駒が出た″話題。


 発案者とは、中山賢二(なかやま不動産専務取締役)さんと坂村英之(玉川保育園園長)さんの2人のこと。

 立川駅長も知らなかったユーミンの「雨のステーション」を持ち出したのは、日頃から西立川の発展を願っていたユーミンファンの坂村さん。
これを聞いた中山さんが「これを知らないことは、西立川駅にとっても、立川市も、ユーミンにとっても悲しいこと。もったいない話だ…」と歌碑案を提案。

 
即実行と建立計画の準備に入った。松任谷さんの了解を取り付けるために松任谷さんの父、荒井末男さんがロータリアンであることを知り、これを突破口に、ねばり強く事務所側と折衝。一方、JRや記念公園の協力を仰ぐ。石碑はメンバーの藤堂敦さんが応援。

 当初「はずかしい」と言っていた松任谷さんも2人の情熱に打たれ、ようやくOKをもらい、自筆の歌碑建立となった。
 「雨のステーション」の歌碑は、荒井由美(旧姓)さん時代の3枚目のアルバム「コバルト・アワー」(1975年)の収録曲。1・4 ×1・2 の宮城県産の自然石に、「六月は蒼く煙って 何もかもにじませている 雨のステイション 会える気がして いくつ人影 見送っただろう…」と刻まれている。

 
松任谷さんは、エッセイ集「ルージュの伝言」(角川文庫) の中で、『雨のステイション』というのは、雨といってもザアザア雨じゃなくて、霧雨というか、シトシト雨で、西立川のお話なのね。」と、歌の舞台が西立川であることを明らかにしている。

 その頃の
西立川の情景を「…秋とか、冬とかだと、まだ真っ暗じゃない。霧がすこし深いわけ。信号の色で街じゅうが変わっちゃうのよね。信号が変わるたびに街が赤になったり、青になったり。アスファルトがぬれていて。だからグルーミーな景色というのがとっても好きなのよ。…」西立川駅の原風景を話している。

 
この想いは、松任谷さんばかりか、発案者の2人も、この事業を組み入れた立川のロータリアンも、そして、この事業に協賛した60人の人たちも同じことであろう。
 

注)ロータリアン・・・・ロータリークラブに所属をする会員の事

【ニュース0425発行元 西武新聞社 提供】